| 2003年 以降 |
Webサイトwww.a-hyouryu.com
にて活動継続中。 |
| 2003年 1月 |
総力特集「ミステリーだぜおっ母さん!!」発売。最終号と位置づける。 |
| 2002年 11月 |
久々の街ネタシリーズ&おバカ表紙「廃墟じゃぱん東海編」発売。遠藤文庫によりホームページも大リニューアル。 |
| 2002年 10月 |
本の物々交換専門店コレコーレとの共同企画クリエーターズ・フェスタ「コレ! コレ!!
コレ!!!」をまる1ヶ月開催する。セトホマ大活躍。 |
| 2002年 9月 |
名古屋のアングラ・アートシーンに肉迫した第5号「カワイイはむずかしい」ページ増量で発売。カワイイは本当に難しかったぜ! |
| 2002年 8月 |
名古屋星ヶ丘にある「コレコーレ」と知り合い、意気投合。初のショップ紹介の記事作りが進行する。 |
| 2002年 7月 |
石原敏行が全面的に手掛けた鮮やかな表紙が清々しい夏号「今年の夏はもらった!!」発売。漂流のカルチャーサイドがてんこ盛りの内容。 |
| 2002年 6月 |
やがて漂流の「おバカ」サイドを全面に担うこととなる阿部良が必然的に合流。古本マニアのセトノオトコホマレと二代目漂流HP担当の近藤小夜子が同時に出現。出会いの6月となる。
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| 2002年 5月 |
第3号「夜景特集」、神田印刷様にお叱りを受けつつ、無事完成&発売!!
担当者の尽力により、県内の大学内の生協での販売が実現!!
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| 2002年 4月 |
「パソコン触ったことないけど、レイアウト部隊希望します」 と、
ある意味大胆な発言で川村がやってくる。 「いやあ、買う時、恥ずかしくて表紙を伏せちゃいましたよ」と、
ニコニコしながら小川が登場。
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| 2002年 3月 |
創刊2号「愛知県裏観光マップ」発売!! 「斬新なレイアウトっすねえ」と、石原が事務所にフラっと立ち寄り、その日より、デザインをなし崩し的に任せることに。
創刊号の小演劇のチケットプレゼントを応募してきた、遠藤を捕獲。 しかも、未だにチケットは渡しておらず。
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| 2002年 1月 |
創刊号、「7つのアンダーグランドカルチャー!!」発売開始。
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| 2001年 冬 |
創刊号の取材と編集、営業を開始。
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| 2001年 秋 |
某アート作品マーケットで出会った平松マスミ、編集部のしつこい依頼に、 イラストの参加を決める。
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| 2001年 夏 |
池田、海外留学の為、脱退 |
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的場三枝、加入 |
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編集室を同じ熱田区に移転
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| 2001年 春 |
池田、再加入(肩書きは営業) |
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高木健一、加入 |
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内田、脱サラ |
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「愛知県漂流創刊準備号」発表。初の書店営業開始 (
池田・酒井・内田高木・ヘルパー芳山)
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| 2000年 冬 |
内田、学生時代からの恋人と結婚。 |
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酒井、脱サラ |
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名古屋市熱田区の酒井の借りたアパート内に編集室開設。 |
| 2000年 秋 |
小林香奈、加入
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| 2000年 夏 |
池田、脱退 |
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岩倉市共同生活解散
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| 2000年 春 |
岡崎のタウン誌リバーシブル編集部、稲垣氏を訪問
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| 1999年 冬 |
池田、岩倉市共同生活に合流 |
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中野幸子、加入 |
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<上の階の住人、井上さんより、度重なる苦情が来る> |
| 1999年 秋 |
池田勉、加入
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| 1999年 夏 |
一悶着の末、佐藤脱退。雑誌ビジター日の目を見ず、撃沈
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| 1999年 春 |
佐藤、大学院卒業。
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| 1998年 冬 |
佐藤、岩倉市の共同生活に合流。雑誌ビジター立ち上げ準備
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| 1998年 秋 |
酒井・内田、岩倉市にて共同生活開始。雑誌立ち上げ準備開始
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| 1998年 夏 |
「野球狂騒時代第二号」制作途中にて、投げ出す。
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| 1998年 春 |
「野球狂騒時代」制作。知り合いに強制的に売りつける。 大不評。 |
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内田、大学卒業。就職。
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| 1997年 冬 |
幾度たる引き止め計画にもめげず、鄭さっそく脱退
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| 1997年 秋 |
学生時代の機関紙発行で顔見知りだった酒井竜次、内田琢也、 佐藤盛洋、鄭行基が集まり、編集集団立ち上げ。 |
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